大門神社(長門町誌)





大門神社は、春宮と秋宮で一社をなす。

春宮は宮の上に鎮座し、秋宮は岩井に鎮座する。

以下、町誌記載内容。


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〇大門神社秋宮

小字岩井 

祭神 建南方刀美命、建御名方刀売命、事代主命、神功皇后

本殿一間✕一間半流造、柿葺、拝殿五間✕三間入母屋造

例祭九月二十七日、他に年中恒例祭儀三回。


草創年代不詳、建武二年(一三三五)二月鳥居再建の記録がある。祭神の御神像は鎌倉末期ー室町初期のものといわれ、狩衣姿の像は御射山系統を語っている。

承応検地帳には諏訪大明神秋宮分高壱石五斗八合と除地神領がある。

文禄五年(一五九六) 三月社殿再建、元禄十二年(一六九九)十一月本殿建替、拝殿は、寛政十二年(一八〇〇)再造、さらに昭和二十三年建替えられて今日に至る。


御神像のうち事代主命の像を欠き、現在は三体が奉安されている。祭事として古来鹿の頭を供御(おそなえのたべもの)したと伝えられる。

現社地の東方山麓に大明神原という地名が残っており、ここを旧秋宮の社地跡とする伝えがあり、今後の調査が待たれる。

宝物に、石棒、鏡、鈴などがある。また源義経が鞍馬山で烏天狗に武道を習っている絵馬も保存されている。

(当町出身の画家武重桃堂の作品)


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◎大門神社 春宮

旧村社

小字鍋窪

祭神 建御名方神

本殿一間x一間半流造、柿茸、拝殿五間X三間入母屋造 例祭四月十五日、他年中恒例祭儀三回


草創年代不詳であるが天正二年(一五七四)諏訪下社より勧請したとも伝えられ、このとき、御分霊奉斎されたという難鎌と御神木(欅のこぶ)のうち薙鎌は失われて現在はない。祭器として土器皿一個が奉安されている。

承応検地帳に「一、諏訪大明神春官、神主左兵衛、高壱石五斗八合右神領」とあり、また、承応三年大門村神領御改之覚には「諏訪免」として社領がある。寛保元年(一七四一)奉納の鳥居類には「諏訪社」とある。

現在基幹集落センターとなっている旧境内地から昭和二十六年十一月字鍋窪一〇六〇番地に移宮、新境内地一、二六六坪となった。

祭典には三頭獅子舞が行われ白袴に槍を持った天狗、笛八、太鼓二、蝿追いがついての郷土芸能が伝えられてきた。




出典)長門町誌

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